コロナかと思ったら白血病でした。

2020年3月末、急性骨髄性白血病と診断されました。「生きている記録」として日記を闘病ブログにする事にしました。1日1日を大切に生きていきたいです。

8/7/2020 骨髄性白血病と私の勝手な見解

地固め治療2クール目(42日目)

白血球1,100  血小板9.4万 ヘモグロビン8.9

 

朝から検査祭りで大忙し。

朝食前に瞳孔を開く点眼をして8時半から眼科。ご飯を食べたらすぐに耳鼻科。耳鼻科では鼻からカメラを入れられて「そんな話聞いてません!」と大騒ぎをしてしまった(笑)。耳鼻科から戻ったらリハビリ。午後に心臓超音波。夕方に放射線科。さすがに疲れた。

 

何度も病室と診察を行き来したので、ついで地下にあるローソンで夕飯のグリーンカレーを買ってきた。朝に行くと品揃いがいいけど人が多い。特にイートインスペースではみんなマスク外してるし、老人は耳が遠いのでマスクなしで大声で話していてさすがに怖い。注意したいけれど、近づくのが怖いのでやめてさっさと出た。

 

こんなに元気に忙しく頑張ってるのに白血球は相変わらず横ばい。これが今回の治療の限界なのだろうか。好中球はやはりまだ10%くらいしかない。唯一の救いは血小板が上がってる事。赤血球も赤ちゃん赤血球が作り出され始めてるとの事。あとは白血球だけ。でも白血球が増えないと意味がない。お願いだから増えて下さい。

 

午前中に同室の患者さん2人が退院していった。1人は1泊だけ。もう1人はKおばあちゃんの後に入ってきた85歳のおばあちゃん。このおばあちゃんは色々とブツブツ文句を言う暗いタイプでちょっと苦手だった。彼女は悪性リンパ腫だった模様。こういう風にかなり高齢の人でも外来で通って何カ月・何年と治療が出来るのを見ると、私の病気は相当手強いのだなと改めて思う。もちろん年齢的に完治を目指しての治療なので、高齢者の延命目的とはかなり変わってくる。その分、抗がん剤がものすごく強力になり(白血病抗がん剤は癌治療の中で一番強い)、白血球も極限まで破壊されるので無菌病棟での長期入院が必須となる。それでもダメな場合は移植。移植は抗がん剤治療より何倍もハード。そりゃ高齢者は耐えられないよ、こんなキツい治療。

 

急性骨髄性白血病の5年生存率は低いけど、それは多分この病気が高齢に多いのが一つの原因だと思う(勝手にそう思ってる)。急性リンパ性白血病は若い人に多く、骨髄性白血病は50代以上が多い。統計的にリンパ性白血病より骨髄性白血病の方が断トツに患者数が多い(確か2:8くらい)。それでもリンパ性の人達の生存率が高いのはやっぱり年齢というエレメントが大きいんじゃないかな。だとすると、私は40代なのでギリまだ希望が持てる、とまた勝手に思い込んでる。予後不良群という事はこの際聞かなかった事にしよう。私はきっと治る。

 

夜の回診で、T先生が来週の火曜日で予定通り胃カメラが出来て、放射線科で治療のスケジュールを1週間遅らせる事が出来たら水曜日にお家に帰る?と言ってくれた。ただ、帰れるのは次週の火曜日まで。それに血球がある程度上がってないといけない。どちらにしろ帰れたとしても好中球が低すぎるので生ものはNGだ。悲しい。